先日販売されたばかりだとかいうCDを見てみたいと姫川が言うので、学校帰りに寄り道をすることにした。CDなんて学校近くのレンタルショップでよくないかと神崎は思うのだが、他人の手垢のついたCDなど触れるのもおぞましいらしい。面倒くさい奴だとは思うが別段、寄り道するのは嫌いじゃなかったし時間がないわけでもない。二人連れだって、駅前に向かうバスに乗った。
 デパートの屋上にあるCDショップに向かう。薄暗い店内の中を姫川は慣れた足取りで、陳列された棚を移動する。迷うことなく一枚CDを取るとレジに向かった。
「…っ」
 足元をすり抜ける小さな影に、姫川は息を飲んだ。親の手を離れたのだろう、五歳前後の小さな少年が、二人に気づかずたどたどしく走り抜けていく。小さなその背丈は、姫川の膝くらい、足元を離れるまで視界に入らなかった。
 遠ざかるその小さな背中を見送り、姫川は呟いた。
「危ねぇ。蹴りそうだったわ」
 姫川は暫く、棚の向こうに消えていく子供を見つめていた。指先でビニールのかかったCDを弄ぶ。釣られ子供を眺めていた神崎が、ふと囁くように問う。
「ガキ嫌いか?」
 姫川は答えなかった。暫く子供が消えていった棚の影を見つめていた。

 デパートの階を順番に降りていく、その途中でアクセサリーのフロアを見かけて今度は神崎が足を止める。並ぶショーケースの中から、気に入りのブランドの新作デザインが展示されていた。小さなシルバーピアスは細かな彫刻が施されていて、神崎は思わず近寄り覗き込む。背中から姫川が追いついて、短く問うた。
「欲しいのか?」
「別に」
 確かに好みのデザインだが、わざわざ買わなくてもいい。小さいと言えどもそれなりに値の張る装飾品、欲張るには少し決定打に欠けたいた。神崎はあっさり首を振るとガラスケースから視線を外し、再びエスカレーターに戻ろうとする。
 ふと背後から姫川の存在感が消える。エスカレーターに足を踏み出しかけて、振り返れば、姫川は先ほど神崎が覗いた店の店員と話をしていた。
 暫くして、姫川が小さな包みを摘まんで振り返る。エスカレーター前で立ち尽くす神崎に追い付くと、神崎の鼻の先に買ったばかりのピアスを突きつけた。
「ほらよ」
「いらねぇっつった…」
「いらねぇのか。じゃあ捨てる」
「待て」
 そう言って姫川は、向かいの壁脇のゴミ箱に首を向ける。包みを握った手を振りかぶった。神崎は反射的に姫川の手を掴みそれを制す。経済観念の欠落している姫川にとって、それは冗談とは言い切れないところだった。
 姫川の手の中から白いケースの包みをむしり取ると神崎は溜め息をついた。
「なら貰ってやる」
「礼は?」
 ふてぶてしく、姫川は首を傾げる。半ば押し付けの手腕は悪徳某ではないか。神崎は思わず眉を潜めるが、ピアスを握りしめて低くぼそりと礼を溢した。
「…あざっす」
「そうじゃなくて」
 そのまま背中を向けてエスカレーターを降りようとする、神崎の肩を姫川は掴んだ。振り返るといやらしく口角を上げる。腹に一物も二物も含んだ笑顔のまま、親指を立ててフロアの奥を指差した。神崎は不承不承と奥歯を噛む。

 エスカレーターを降りる代わりに、二人はフロアの奥の階段脇、併設された男子トイレに向かった。おやつ過ぎの繁華街のデパートのトイレは、意外や閑散としていた。平均以上の体格を持つ男二人、無理矢理に個室に閉じ籠ると、セックスをした。
 場所関係なく盛るのは若い証拠だとしても、いつ誰が来るかわからない公であろうことか局部をしごかれるというのは、泣きたくなるくらい情けなく恥ずかしかったが、仕方なしに神崎は姫川の首に凭れて声をとも、一時的に腸内に残るだけで直ぐに排泄物と外に出されてしまう。また、姫川竜也という傲慢で面倒くさがりの、無責任な、自分本位な男が、輪をかけて手間のかかる子供など相手をするとは思えなかった。
 姫川は暫く黙っていた。沈黙に神崎が違和感を覚えた頃、姫川は囁いた。
「チョーダイ」
 性器を抜きたがらず、神崎の体内に残したまま姫川は神崎のシャツの上から臍に口付けた。

 次の日、早速神崎は手に入れたばかりのピアスをして学校に行った。小さな銀の装飾品は、見せびらかすには余りにも些細だったが、神崎は何か落ち着かなかった。
 教室に向かうまでの間、一度、偶然にも行き合った。姫川はこちらを見た気がしたが、挨拶すらしないでそのまま遠ざかっていった。別段いつも通り素っ気ないのだが、ピアスの変化に気づかなかったか。過ぎ去っても暫く、神崎は姫川の背中を眺めていた。
 姫川の足元を通りすぎていった紅頬の子供を思い出した。
 教室に入り、何人かと顔を合わせたが神崎が気に病むほど変化に気づく者はいなかった。昼過ぎに唯一、目敏い夏目が昼飯を広げながら世間話のように突っ込みを入れた。
「神崎くんピアス新作だ。買ったの?」
「いや…」
「貰い物かぁ」
 気づかなかったと目を丸める城山を挟んで、夏目は頷く。言わずとも勘のいい夏目は、送り主を特定したようだった。呆れたように笑いながら、惣菜パンの封を切った。神崎は紙パックのストローを噛みながら、目を細める。
「贈り物がアクセサリーって、凄い独占欲。マーキングみたい」
 夏目は笑う。神崎は何も言い返せなかった。
 それくらいしか、あげられないから。神崎は適当に相槌を打って椅子に寄りかかり、腹を擦った。